Zopfcode Essay

140文字で収まらない走り書きの置き場

悪いのは自己顕示ではなく、自己顕示が下手くそなことだ

自己顕示というワードから、痛い人間という不名誉な印象に直結する現状に違和感がある。

まず、社会に生きる限りは自分と他者の関係性は意識せざるを得ない。そのごく日常的に生じる意識の中で、自分がどう見られたいかに調整を施すことを私達はいつも無意識にやっている。 その「調整」の中で、自分がもっと良い方向に見られたいと前向きに思う軸。それこそ自己顕示である。

自己顕示欲というエネルギーを上手く制御できる人と、そうでない人がいる。自己顕示という言葉にエグみをもたらすのは後者の行いであって、前者ではない。

上手く制御できる人は、本人以外の誰かにとっても価値がある行動を常に目指す。いい服を着るとか、ナイスで話しやすいよう会話を改善するとか、プレゼンをよく作り込むとか、手のかかった作品を作るとか…これらはどれも他者との関係性にプラスに働くし、自分の評価を上げることにもつながる。 一方で上手く制御できない人は、逆の行動を取る。とにかく自分の話(アピール)をするとか、クリックベイト動画を作るとか、負のエネルギーによるバズを狙うとか。これらは本人を含む誰にとっても有益ではない。

後者のような行動をしてよく「自己顕示欲」の例に挙げられるのが、私の違和感の根源である。自己顕示欲に対する無礼な茶化しが、そのエネルギーを上手く制御して生きる人達が自らを素直に認められない世知辛さを生み出しているように思う。 その結果生じた悲しい謙虚さを持ち合わせる人をたまに見る。自己顕示という言葉への意識が正され、こういう人がもっと胸を張って自分の価値を世に届けられるようになればいいなと願う。