意味
プロ(プロフェッショナル)とはどういう人を指すのか。シャワーを浴びながら気になった。
私は「コンピューターのプロではあるが、カメラのプロではない」といつも人に言っていて、そう表明しておきながら、意味をよく調べてこなかった。
プロという単語の定義と、自分がプロをどういう人だと認識しているかが合致していれば幸いだが、果たして。
新明解国語辞典:
職業として行う様子だ。職業的。専門的。プロ。
スーパー大辞林 3.0:
それを職業として行うさま。専門的。また、その人。専門家。
Oxford English Dictionary:
Connected with a job that needs special training or skill, especially one that needs a high level of education.
日英共に「職業として行っている」ことは共通していて、語源たる英語ではそれに加えて、「高いレベルの教育が必要なもの」という文脈も時折付随するようだ。教育を受けたことと専門性を持つことは等価ではないが、切っても切り離せない関係にあるので、結局日英で意味は変わらないといえる。
よかった。それならこれからも「コンピューターのプロではあるが、カメラのプロではない」と言い続けることができる。
名乗り始めた日
就職していくらか経った頃、「プロのプログラマーをやっています」と初めて言った記憶がある。虚飾ではないと自分に言い聞かせつつも、喉の奥から出すのに一拍かかった。
自分はプロを名乗って良い。キャリアを重ねるあいだ、知識も倫理も欠かさず研ぎ続け、その気持ちは揺るぎないものになった。
時は経ち、近頃、人を撮ることが増えた。9割のショットを捨てながらも、自分なりに出せる画を出しているな、と思えるくらいにはなった。こうしていると、たまに言われることがある。
「君はカメラのプロだよね」
お前の写真は上手い、の言い換えなのだから、ありがたく思うだけで終わらせるべきだと一瞬考える。でも、道徳あるいは矜持めいた何かに逆らえず、こう返してしまう。
「ありがとうございます、でも、自分はカメラのプロではないです」
そして、今日ふと気付いたのである。プロではないと発言したのは、そう名乗らなくて良い立場に居るからではないか。その立場に居続けたいからではないかと。
覚悟
「プロらしからぬ」という言い回しがある。職業として行うのであれば、それにふさわしい技術、知識、倫理、すべてを持ち合わせていなければならない。人々がプロというものに何を期待するか、暗に言い表しているといえる。
自分とカメラについていえば、知識もシャッターも追いつかなければ、まず実践の量が毎日の研鑽とは程遠い位置にある。仕事として取り組んだこともなく、凝り性の域を出ているとはいえない。
「お前がこれからもそうありたいのであれば、お前は覚悟を決めて、プロと名乗らなければならない」
自分がコンピューターを職業にしていると実感した瞬間、その覚悟を無意識に自分に突き立て、そして受け入れたのかもしれない。その覚悟にその後一切の後悔が生じなかったことは、ずいぶんと幸運なことだったなと今では思う。