独りで飲食店に足を運ぶ時、あなたは何を思うだろうか。今はあれが食べたいなとか、昨日はこれを食べたから今日は別のにしようとか。誰かと共に食事に行くのでなければ、いかなる店に行こうがあなたの自由だ。時には冒険したり、時には安心と信頼のあの味を味わったり。直感と食欲にもっともふさわしい店を一つ選び、期待とともにのれんをくぐる。
独りの食事を重ねるほど、食事から伸びるトピックをその味と光景に紐付けながら、多面的に食事を嗜んでいることに気付く。かのマンガ『孤独のグルメ』は、その様子をシンプルに描いた名作だ。食事をすればするほど、私はゴローちゃんが食事に求めたあの視点を追体験しているような心地がする。
私は牛丼チェーンが好きだ。そもそも牛丼が好きだったところに、関東への引っ越しが加わり牛丼チェーン通いがスタートした。牛丼好き歴はもう5年以上になる。最初はなんとなく嗜んでいただけの私も、何度も食べるうちに舌が肥え、視点も広がっていった。「牛丼は吉野家が最高」という大多数の意見に対して、「それはわかる、でもね」と返す「でもね」の部分がどんどん成長していった。気付く頃には、牛丼チェーンの店構え、内観、店内放送、メニューの構成などなど、いかにしてその店舗が客に料理を食べてほしいかを注意深く観察するまでになった。
中でも最も波長が合ったのは、松屋だった。
松屋は、食事に対してまっすぐだ。「みんなの食卓でありたい」という合理的で普遍的なモットーの上に、松屋の味として一本筋の通った料理を提供している。牛めし*1がうまいのは当然として、その存在を知らぬ人も多いブラウンソースハンバーグや、誰もが認めるカレー、多彩などんぶりメニューに、各種焼肉定食もある。これらはハッキリ言って、全部うまい。
店内放送は、聴き取りやすいナレーションにより簡潔に伝えられる。月に何度も登場する期間限定メニューや松弁ネット*2の紹介をし、最後に松屋のモットーと取り組みについて短く述べて終わる。今は COVID-19 への対応に関する放送で押されて、松屋のモットーの部分は省略されている。必要な情報のために、自らのモットーすら削り落とす。極めて謙虚な姿勢だ。素直においしく安全な食事を届けることを全面に出しており、食事の体験に直結しない名ばかりの「ブランド」を押し付けない姿勢は、個人的に最も評価できる。
気付けば、家の近所の松屋はチェックイン回数にして330回を上回っていた。それ以外の店舗やカウント忘れも入れると400回は下らないだろう。牛丼好きが高じて、いつのまにか松屋好きになっていたのだ。
そんなさなか、そろそろ余剰資金を運用するかという機運が芽生えてきた。選択肢はさまざまだ。今回は、「自分はこれを買う」という意志をしっかりと実感できる金融商品、株を買うことにした。戦略を考える時、恩師の明解な言葉が浮かんだ。
私は応援したい企業の株を買っているよ
このパンデミックのさなかにおいて、最も大きなパラダイムシフトを強制されたのは外食産業であろう*3。松屋もその一部であるし、牛丼チェーン界隈では吉野家やゼンショー(すき家、なか卯などを擁する)ほどに上手くは行っていないらしいと聞き、他を選ぶ気はしなかった。板を開き、当時の価格で100株の注文を入れた。翌日の朝には注文が執行され、約定していた。
こうして私は、松屋好きが高じて、松屋フーズホールディングスの株主になった。
株主優待券が届くのは再来年度だから、気長に待つことにしよう。この株は売るためではなく、応援するために買ったものなのだから。